HISTORY

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Reggae レゲエ史

サウンドシステム、スタジオ、レコード、ダンス。

1990s-2000s

Dancehall Global

曲だけじゃない。ダンス、服、言葉づかいまで世界に飛んだ。

DancehallはRootsの祈りから遠ざかっただけではない。街の冗談、性、金、暴力、クラッシュ、ダンス、政治が、もっと露骨な言葉で鳴り始めた。外からは「下品」と切られることもあるが、その過激さの中に、声で生き残る知恵と現場の編集力がある。

90年代、ダンスホールは世界商品になる。Shabba Ranksが米メジャーと組んでグラミーを連取し、ラガの声が海を越えた。島の中では、デジタル化の過当競争が煮詰まった果てに反動が起きる。Garnett Silkから芽生えたコンシャス回帰——Buju Banton、Capleton、Sizzla、Luciano。享楽の音楽が、90年代半ばに一斉に祈りの方向へ舵を切った。そして00年代、Sean Paulリディムごと全米チャートを乗っ取り、ダンスホールの語彙は世界のポップスの標準装備になる。快楽と信仰、ローカルとグローバルが、同じリディムの上で同居した20年だ。

聴きどころ

フックの強さ、短いフレーズの中毒性、同じリディムでアーティストごとに景色が変わるところ。曲単体より、リディム単位で聴くと面白さが増える。

Timeline

1990s

Ragga/Dancehallが世界のクラブへ広がる

1993

Shabba Ranksらが国際的な注目を集める

2000s

Sean Paul、Elephant ManらがチャートとMTV時代へ

mid 00s

Daggering、ダンスムーブ、ファッションも輸出される

顔ぶれ/現場/レーベル

背景

Dancehallは総合カルチャー

この時代は、音源だけを追っても半分しか見えない。ダンス、ファッション、スラング、サウンドクラッシュ、ミックスCD、ビデオ、クラブの空気が全部つながっている。

グローバル化の光と荒さ

世界に広がるほど、ポップス化、商業化、過激な表現の扱いも問題になる。Dancehallの強さは、その荒さを含めて現場のスピードが速いことにある。

日本の現場では

日本のクラブ、ダンス、サウンド、フェス文化が太くなった時代。横浜、大阪、名古屋など各地の現場にも響いている。

ジャケット / 映像 / 服

Clarks、デニム、メッシュ、サングラス、ジュエリー。音が派手になるほど、服も踊りも前に出る。

関連キーワード

音源・人物・現場

Archive

要点

90sから00sのDancehallは、Rasta Renaissance、Juggling、巨大リディム、世界チャート、クラッシュの火花が同時に走った時代。

Rasta Renaissanceを挟む

SlacknessやGun Talkの荒さが前に出る一方で、Garnett Silk、Tony Rebel、Luciano、Buju Banton以降のコンシャスな流れも太くなった。過激さと精神性が同じ時代にぶつかっている。

Juggling黄金期

Dave Kelly、Tony “CD” Kelly、Lenkyのようなプロデューサーが、Pepperseed、Joyride、Showtime、Bookshelf、Buy Out、Diwaliを量産した。同じリディムで誰が一番持っていくかが、現場の勝負になった。

Diwali以後の世界化

Sean PaulやWayne Wonderのヒットで、DancehallはクラブだけでなくラジオとMTVの言語にもなった。低音の反復が、ポップスの中心へ入った瞬間として聴ける。

DembowからReggaetonへ

Shabba Ranks『Dem Bow』周辺のリディム感は、パナマ、プエルトリコ、ラテン圏のクラブへ渡り、Reggaetonの土台になった。ジャマイカだけで閉じないで聴く。

Clashとビーフの扱い

Bounty KillerBeenie ManVybz Kartel、Mavadoの対立は、音楽的な競争と現実の緊張が絡む。煽りとして消費せず、曲、発言、報道された事実を分けて読む。

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リディムという共有地
編集部

ダンスホールの仕組みで、外から見て一番不思議なのはこれだろう。同じ伴奏——リディム——に、何十人ものアーティストが別々の曲を乗せる。しかも同時期に、堂々と。

盗作ではない。それがこの音楽の正式なルールだ。ひとつのリディムが当たると、プロデューサーは次々に歌い手を呼び、同じ伴奏の上で別の歌を録る。ダンスの現場では、セレクターが同じリディムの曲を連発で繋ぎ、客はヴァージョンの違いで沸く。リディムは誰かの所有物というより、シーン全体の共有地に近い。

この仕組みの原型は60年代のversion文化にあり、80年代のコンピュータライズで量産体制が整った。そして00年代、共有地は世界に開かれる。Diwaliリディムの上でSean PaulGet Busy」が全米1位に、同じ伴奏のWayne WonderNo Letting Go」もヒットチャートに並んだ。同じオケの別の曲が、同時に世界チャートにいる——ジャマイカでは日常の風景が、初めて世界規模で起きた瞬間だった。

共有地には競争がある。同じリディムに乗る以上、声とフロウと言葉だけで差がつく。ダンスホールのアーティストの声が異常に個性的なのは、伴奏で差別化できない環境の産物でもある。共有が競争を生み、競争が声を鍛える。リディム文化とは、つまりそういう鍛冶場だ。

このコラムで聴ける曲 Sean Paul『Get Busy』
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Lineage

系譜

01
Ragga Global → Conscious Return → Sean Paul / Diwali

ラガの世界進出(Shabba、90s初頭)→ コンシャス反動=ルーツ・ラガGarnett Silk〜Buju『Til Shiloh』、90s半ば)→ UKディジタル・ルーツとの並走 → 00sのグローバル化(Sean PaulDiwali)→ ヒップホップ/R&Bとのハイブリッド洗練。享楽と信仰の振り子が、この20年で二往復している。

Essential

この時代の5枚

01
Buju BantonTil Shiloh』 (1995)

享楽の王がコンシャスに舵を切った転回点。時代そのものの一枚

02
Garnett SilkIt's Growing』 (1992)

コンシャス回帰の水源。夭折が惜しまれる声

03
SizzlaBlack Woman & Child』 (1997)

ルーツ・ラガの到達点。祈りと火が同居する

05
Sean PaulDutty Rock』 (2002)

ダンスホールが世界のポップスになった瞬間の記録

アーティスト

この時代の10組