HISTORY

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Reggae レゲエ史

サウンドシステム、スタジオ、レコード、ダンス。

1969-1979

Roots Reggae / Dub

Rastafariの言葉とDubの空間が、ジャマイカの外へ届いた。

Roots ReggaeはRastafari、社会不安、祈り、低音を背負った。そこからKing TubbyLee “Scratch” PerryAugustus Pabloが、ミキサー、テープエコー、スプリングリバーブメロディカで空間そのものを演奏し始める。Dubはレゲエの裏側ではなく、今の世界中の音楽制作に残る発明だ。

レゲエが「世界の音楽」になった10年。メッセージはラスタ色と政治性を強め、ルーツ・ロック・レゲエとして隆盛を極める。Bob MarleyとIsland Recordsの結託が扉を開け、島の音楽は初めて世界市場の言語になった。同じ10年、スタジオの裏側ではもうひとつの革命が進行する。King Tubbyらがミックス卓の上でversionを解体し、ダブという「引き算の音楽」を発明した。歌の時代と、歌を消す時代が同時に来たのだ。ドラムはワン・ドロップからロッカーズ、ステッパーズへと変速し、DeeJayたちはマイクを握って歌の隙間を語りで埋め始める。のちの世界中のベースミュージックが、この10年のキングストンを何度も掘り返すことになる。

聴きどころ

声が抜けた瞬間、ベースが前に出る瞬間、ディレイが奥へ飛ぶ瞬間。Dubは曲を壊すのではなく、曲の骨格を見せる。

Timeline

early 70s

King Tubbyがミキサーを楽器化し、Version/Dubの聴き方を決定づける

mid 70s

Lee PerryのBlack Arkが、歪み、残響、声の断片でスタジオを別世界にする

1974-78

Augustus PabloメロディカDubで、東方的な浮遊感をレゲエに刻む

late 70s

Dubの空間処理が英国、Punk、Post-Punk、クラブカルチャーへ渡る

顔ぶれ/現場/レーベル

背景

Rootsは説教ではなく生活の音

歌詞には信仰や政治が出てくるが、Rootsの強さは抽象的なメッセージだけではない。貧困、警察、移民、食べること、祈ることが同じビートに乗る。だから今聴いても、過去の標本にならない。

Dubはミックスではなく発明

Dubは歌入り曲のオマケではない。ボーカルを消し、ドラムとベースを残し、エフェクトで空間を作ることで、曲の骨格だけを別の音楽に変える。現代のリミックス文化やベースミュージックを考える上でも避けられない。

日本の現場では

日本のレゲエ好きが『低音』にこだわる理由はここにもある。サウンドシステム、ダブミックス、ルーツのメッセージ性は、国内シーンの土台にもなった。

ジャケット / 映像 / 服

赤・黄・緑だけでは足りない。ミリタリー、ニット、手描きジャケット、古い新聞の質感まで含めてRootsの画になる。

関連キーワード

音源・人物・現場

Archive

要点

Rootsには信仰と政治の言葉があり、Dubにはスタジオの手つきがある。どちらも低音だけでは終わらない。

歌詞は生活の話でもある

Rastafari、貧困、警察、植民地の記憶。大きい言葉が多い時代だが、曲の中では食べること、住む場所、祈ることにも結びつく。説教ではなく、生活の声として聴く。

Dubは音を抜いて空間を作る

ボーカルを抜く、スネアを飛ばす、エコーで空間を作る。足し算ではなく引き算で曲を立て直す発想が、ヒップホップのブレイク感やベースミュージックにもつながった。

ジャケットと新聞の質感

古いRootsの見た目は、赤黄緑だけではない。手描き文字、荒い写真、新聞っぽい紙、ミリタリーの匂い。音と同じく、情報量が少ないほど強い。

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マーリーが撃たれて、ロンドンへ
編集部

1976年12月3日、キングストン。自宅でリハーサル中のBob Marleyが銃撃される。総選挙を目前に控え、二大政党の抗争で街が張り詰めていた時期だ。マーリーが出演を控えていたのは、その緊張を鎮めるための無料コンサート「Smile Jamaica」。政治的中立を掲げたイベントの直前に、弾丸が撃ち込まれた。犯行の背景には諸説あり、今日まで確定していない。

驚くべきはその後で、マーリーは負傷したまま2日後のステージに立った。8万人の前で歌い、そして——島を離れた。

銃撃後、マーリーはジャマイカを離れてロンドンへ移った。そこで制作した『Exodus』を1977年に発表する。政治暴力を離れた後に「出エジプト」を意味する題名を掲げたことは、この作品の背景として外せない。

もっとも、マーリーとロンドンの縁は亡命が最初ではない。世界進出の起点も、Chris BlackwellIsland Recordsとの契約——ロンドン資本だった。『Catch a Fire』(1973)でレゲエは初めて「アルバムで聴く音楽」として国際市場に置かれた。つまりロンドンは、レゲエにとって二度、扉になっている。一度目は市場として。二度目は避難所として。

そして避難所になり得たのには理由がある。ロンドンには、レゲエを迎える土壌がすでにあった。その話は、UK年表の側で続ける。

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リー・ペリーという特異点
編集部

ダブの歴史は系譜で語れる。King Tubbyがいて、弟子のScientistがいて、という具合に。だがLee "Scratch" Perryだけは、どの系譜図に置いてもはみ出す。

自宅の裏庭に建てたスタジオ《Black Ark》は、機材だけ見れば貧弱もいいところで、録音は4トラック。同時代の海外スタジオが16、24と多重化していく中で、Perryはその4本の溝に音を重ね、混ぜ、飽和させ、誰にも出せない密度の音響を作った。The CongosHeart of the Congos』をはじめ、70年代後半のBlack Ark録音は、いま聴いても録音の仕組みがよく分からない。機材の限界が、発想の限界を規定しなかった稀有な例である。

初期のBob Marley & The Wailersの音を作ったのもPerryだ。あの湿った凄みのあるWailersは、Perryの音だった。

そしてBlack Arkは70年代末に機能を止め、1983年頃に焼け落ちる。火事の年と経緯は諸説あるが、この諸説が普通ではない——本人が「自分で燃やした」と語ったことがあるのだ。発言は時期によって変わり、真相は結局分からない。スタジオを焼いた(かもしれない)男は、その後も世界を放浪しながら録音を続け、晩年はスイスの山あいに住み、2021年に85歳で世を去った。

天才、奇人、詐欺師、預言者。呼び名は聴く人の数だけある。確かなのは、ダブという技術がPerryの手の中でだけ、技術ではなく何か別のものになっていたことだ。

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Lineage

系譜

01
One DropFlying CymbalRockersMilitantSteppers

ドラミングの変速史がこの時代の裏の主役だ。ワン・ドロップ(1拍目を抜き、3拍目にバスドラとスネアを収斂)→ 70年代中期のフライング・シンバル → ハイハットやリムショットの4分音符でアクセントを刻むロッカーズ → スネアを乱打するミリタント → 全拍にバスドラを踏むステッパーズ。演奏の流儀が数年単位で塗り替わり、そのたびに同じ歌が別の顔で録音し直された。

Research

諸説

諸説あり

Black Ark焼失の経緯
確認できること

Black Arkスタジオが70年代末に機能を止め、1983年頃に焼失したこと(年・経緯とも諸説)、以後Perryが拠点を海外に移したこと

本人による放火説(本人発言あり・ただし発言は変遷)/ 事故説 / 経緯不明のまま語り継がれている。確定は困難で、本人が謎を楽しんでいた節さえある

Essential

この時代の5枚

01
Bob Marley & The WailersExodus』 (1977)

亡命が生んだ世界標準。B面の甘さまで含めて完璧

03
The CongosHeart of the Congos』 (1977)

Black Arkの最深部。4トラックの奇跡

04
Burning SpearMarcus Garvey』 (1975)

ルーツの重心。声が予言者の声をしている

05
CultureTwo Sevens Clash』 (1977)

預言の年のアルバム。時代の空気が真空パックされている

アーティスト

この時代の10組