HISTORY

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Reggae レゲエ史

サウンドシステム、スタジオ、レコード、ダンス。

1966-1968

Rocksteady

テンポを落とした瞬間、ベースと歌が主役になった。

Skaのスピードが少し落ち、ベースラインがぐっと前に出る。踊りやすさはそのままに、恋愛、Rude Boy、街の空気を歌で聴かせる時代。短い期間なのに、後のRoots、Dub、Lovers Rockの種が詰まっている。

スカは速すぎた——長い夜を踊り続けるには。1966年、キングストンの音楽はテンポを落とし、ベースが前に出て、歌がじっくり聴かせる形に変わる。ロックステディの誕生だ。中心にいたのは二つの拠点。タレントの宝庫でJA版Motownとも呼ばれたStudio Oneと、その商売敵Treasure Isle。スカ黄金期を支えたスカタライツのメンバーは分派して、この両陣営のハウスバンドに散っていった。わずか2年ほどの短い時代だが、ここで録音されたリズムの型は、のちに「リディム」として何十年もリサイクルされ続ける母体になった。ダンスホールの足元を掘ると、かなりの確率でこの2年間に出る。そして1968年、リズムはもう一段変わり、新しい名前を持つ。レゲエ、だ。

聴きどころ

ドラムよりもベースを追う。歌の甘さと低音の重さが同居していて、曲が派手じゃなくてもフロアが揺れる。

Timeline

1966

Skaのテンポが落ち、Rocksteadyの呼び名が定着

1967

ヴォーカルグループと恋愛歌が強くなる

1968

Reggaeという呼び名と、さらに重いリズムへ移行

顔ぶれ/現場/レーベル

背景

短い時代ほど濃い

Rocksteadyは数年の流行として語られがちだが、レゲエの低音感、歌ものの甘さ、Lovers Rockの原型まで詰まっている。曲の速度が落ちたことで、ボーカルの表情とベースの動きが前に出た。

ベースが物語を運ぶ

この時代の曲は、派手な展開がなくても低音のラインだけで記憶に残る。レゲエの体感を理解したいなら、ドラムより先にベースを追うと見え方が変わる。

日本の現場では

ラヴァーズ、和物レゲエ、カバー文化との相性がいい。日本語で歌うレゲエのメロディ感を考える時も、この時代は外せない。

ジャケット / 映像 / 服

甘いコーラス、少し危ない若者像、夜のダンス。派手さより、余白と色気。

関連キーワード

音源・人物・現場

Archive

要点

テンポが落ちると、ベースと歌が前に出る。たった数年でも、後のレゲエの気持ちよさはここでかなり決まった。

甘い歌の奥にある低音

Rocksteadyはラブソングの印象が強いが、主役はベースラインでもある。歌の甘さに引っ張られず、同じフレーズを繰り返す低音がどう体を動かすかを聴く。

ヴォーカルグループの時代

The ParagonsThe Techniquesのように、コーラスのまとまりが曲の品を作った。ソロ歌手だけでなく、誰がリードを取り、誰が裏を支えているかまで耳を向ける。

Lovers Rockへの橋

後のUK Lovers Rock、日本の甘いレゲエ歌ものにも線が伸びる。甘さを『軟らかい』で片づけず、低音と歌の距離で聴く。

関連キーワードAlton Ellis rocksteadyThe Paragons Treasure IslePhyllis Dillon rocksteady
1968、最初のレゲエはどれか
編集部

「レゲエ」という名前が初めてレコードに刻まれたのは1968年、Toots & The Maytalsの「Do the Reggay」。ここに異論はない。綴りが違うのはご愛嬌だ。

では、その名前はどこから来たのか。こちらはもう諸説の海である。ラテン語で「王」を意味するRegisに由来するという気高い説。身持ちの悪い女を指す俗語streggaeが語源だという正反対の説。単にregularが訛ったのだという身も蓋もない説。どれが本当かは、分かっていない。名称の初出だけは確かなのに、名付けの理由は謎のまま——出生届はあるのに命名の由来が不明という、妙な生まれ方をした音楽なのだ。

問題は、その名前がどの曲でレゲエの形になったのか。ここは半世紀以上たった今も決着していない。

はかなり絞られている。最有力とされるのがLarry & Alvin「Nanny Goat」。ただ、Lester Sterling & Stranger Cole「Bangarang」、Lee Perry「People Funny Boy」を推す声も根強い。Clancy Ecclesは自分の「Feel the Rhythm」こそ最初のレゲエ・フィールだと主張したし、Ethiopians「Everything Crash」、Pioneers「Long Shot」、Beltones「No More Heartaches」の名前も挙がる。さらにEric "Monty" Morris「Say What You're Saying」には67年録音説があり、そうなると話は「最初のレゲエは67年に録音されていた」ことになりかねない。

なぜ確定しないのか。当時のジャマイカの音楽業界には、録音日や品番をきちんと管理する習慣がほとんどなかったからだ。演奏家たちは狭い島の中で複数のスタジオを行き来し、同じ顔ぶれが日替わりで別のプロデューサーの録音を支えていた。鍵盤奏者のJackie MittooWinston Wrightのように、レゲエの「フィール」を実質的に生んだとされる人たちの仕事は、誰の名義の何という曲が最初か、という問いをほとんど無意味にする。

確かなことをひとつだけ。1968年、Johnny Nashの「Hold Me Tight」がアメリカのチャートに入り、ビートルズはDesmond Dekkerの名前を歌い込んだ「Ob-La-Di, Ob-La-Da」を録音した。最初の一曲は決められなくても、この年にジャマイカのリズムが世界へ漏れ出したことは、記録が証明している。

決着がつかないことを、この音楽の欠陥だと思わないほうがいい。それ自体がこの音楽の体質であり、掘る側にとっては永遠に楽しめる謎でもある。

このコラムで聴ける曲 Ethiopians『Everything Crash』
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リミックスは、上げ忘れたフェーダーから始まった
編集部

世界中の「Remix」クレジットの家系図を遡ると、キングストンのスタジオの、ひとつのミスに着く——そう言われている。

1967年、Treasure IsleのエンジニアByron Smithが、盤起こしの作業中にヴォーカル・トラックのフェイダーを上げ忘れた。出来上がったのは歌のない伴奏だけの盤。失敗作のはずだったそれをダンスで試しにかけると、客が沸いた。歌を知っている客は自分で歌う。歌がない分、低音とドラムが際立つ。「version」の誕生である。

翌68年には、プロデューサーたちがこぞって手持ちのマスターテープから伴奏だけの音源を作り始める。この年が、今日あらゆるジャンルで使われるリミックスという技術の実質的な元年とされる。シングルB面に〈version〉と表記が定着するのはさらにその翌年からだ。

そしてこの「歌のないB面」が、次の発明を呼ぶ。サウンドシステムの現場で、そのversionにマイクの語りを乗せる者が現れる。のちにU-Royがこのスタイルを完成させ、彼の訃報には「The Originator」の文字が躍った。ラップの元祖という意味だ。

ミスから生まれた空白のトラックが、リミックスとラップという二つの巨大な文化の入口になった。音楽史は、ときどきこういう雑な奇跡でできている。

RemixTreasure IsleByron SmithVersionSound SystemU-RoyThe OriginatorRap

Lineage

系譜

Research

諸説

諸説あり

最初のレゲエはどの曲か
確認できること

名称の初出はToots & The MaytalsDo the Reggay」(1968)。同年Johnny Nash「Hold Me Tight」が米チャート入り

Larry & AlvinNanny Goat」最有力説 / 「Bangarang」説 / 「People Funny Boy」説 / Clancy Eccles本人による「Feel the Rhythm」説 / 「Say What You're Saying」67年録音説ほか。当時のJA業界に録音記録の管理慣行が乏しく、確定は今後も困難

Essential

この時代の5枚

01
Alton EllisMr Soul of Jamaica

ロックステディの「歌」の基準。まずこの声から

02
The ParagonsOn the Beach

コーラスグループ全盛期の完成形。後年のカバー曲の原産地でもある

04
Ken BootheMr. Rock Steady

若き声の王者。時代の名前を背負ったタイトル

アーティスト

この時代の10組