HISTORY

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Reggae レゲエ史

サウンドシステム、スタジオ、レコード、ダンス。

1980s

Rub-A-Dub / Digital

少ない音で勝つ。Deejayとデジタルリディムが現場を塗り替えた。

1985年、Wayne Smith『Under Mi Sleng Teng』でダンスホールは一気にデジタルへ傾く。Noel Daveyが手にしたCasio MT-40のプリセットが、King Jammyの現場でリディムとして読み替えられた。日本製キーボードの小さなパターンが、ジャマイカのサウンドシステムで世界標準の転換点になる。

1980年代初頭、時代は乱暴に切り替わる。1981年のBob Marleyの死、同じ頃に機能を止めたLee Perryの《Black Ark》。70年代ルーツの熱が表舞台から退くのと入れ替わりに、Yellowmanが登場し、ダンスホールの時代が来る。前半はまだ生バンドの時代だ。Roots Radicsがゆったりしたワン・ドロップを刻み、その上でDeeJayたちが客を沸かせた。決定的な断層は1985年。カシオの家庭用キーボードのプリセットから生まれた「Sleng Teng」リディムが、伴奏の主役を人間から機械に替えた。以後、リディムは打ち込みで量産され、同じリディムに何十人もが乗る文化が加速する。当時チープと笑われたあの音は、しかし死ななかった。数十年後、ヨーロッパのベースミュージックの作り手たちが、この時代の安い機材の音を宝物のように参照している。

聴きどころ

ドラムマシンの硬さ、隙間だらけのリディム、声の乗せ方。音数が少ないから、フロウの癖やサウンドの鳴らし方がそのまま出る。

Timeline

1985

Wayne Smith『Under Mi Sleng Teng』がPrince Jammy(後のKing Jammy)のスタジオから出て、デジタル・ダンスホールの扉を開く

mid 80s

Casio MT-40のRockプリセットが、ジャマイカの現場でSleng Teng Riddimへ変わる

late 80s

同じリディムに別の声を乗せる文化が、より速く、安く、広く回り始める

顔ぶれ/現場/レーベル

背景

機材の変化が価値観を変えた

生演奏の豊かさから、デジタルの硬さへ。最初はチープに聴こえた音も、現場では強かった。少ない音で声を立たせる設計は、今のクラブミュージックの感覚にも近い。

Deejayが主役になる

Rub-A-Dub以降、歌だけでなく喋り、煽り、フロウが主役になる。曲の良し悪しはメロディだけでなく、リディム上でどれだけ場を持っていけるかに変わっていく。

日本の現場では

サウンドクラッシュ文化へ入るなら避けられない時代。ダブプレート、MC、早口の煽り、現場の瞬発力がここから見えやすくなる。

ジャケット / 映像 / 服

派手なジャケット、スポーツウェア、サウンドのロゴ、カセット感。DIYで量産される熱が見た目にも出る。

関連キーワード

音源・人物・現場

Archive

要点

Sleng Teng以後のDigital Dancehallは、安い機材の話で終わらない。リディムの量産、Deejayの勝負、同じビートを奪い合う速度が一気に変わった。

Sleng Tengは現場の読み替え

Wayne Smith、Noel Davey、King Jammyが、Casio MT-40の小さなパターンをサウンドシステム向けのリディムへ変えた。機械の音を、島の現場が自分たちの武器にした。

Version文化の延長

同じリディムに何人もの声が乗る感覚は、VersionやDubの歴史とつながっている。Digital化で、その回転速度と本数が跳ね上がった。

重要リディムを並べる

Sleng Teng、Punanny、Kuff、Mud Up、Fish Market、Dem Bow。曲名だけで追わず、リディム名で掘ると、DancehallからReggaetonまでの線が見える。

日本製キーボードの話を神話で止めない

日本の開発者が作ったプリセットという逸話は面白い。ただ本質は、ジャマイカのスタジオとサウンドがそれを別物の低音へ変えたことにある。

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Sleng Tengの夜
編集部

1985年、Prince Jammyのスタジオ。Wayne Smithらが持ち込んだのは、カシオの家庭用キーボードMT-40に入っていたロック調の伴奏プリセットだった。テンポを落とし、キーを合わせ、その上に歌を乗せる。「Under Mi Sleng Teng」——レゲエ史上初の完全デジタル・リディムの誕生とされる一曲だ。

この曲がダンスで初めて披露された夜のことは、いまも伝説として語られる。会場の反応は爆発的で、シーンの潮目は一夜で変わったと言われている。以後、Sleng Tengリディムには数え切れないほどのヴァージョンが録音され続け、その総数は今日まで増え続けている。

重要なのは、これが「高価な新技術」の勝利ではなかったことだ。MT-40は楽器店で子供向けに売られていた鍵盤である。おもちゃ扱いされていた機材が、スタジオミュージシャンの雇用ごと時代をひっくり返した。ジャマイカの音楽は、その後も一貫してこの原理で動く。手元にある安い機械を、限界まで使い倒した者が勝つ。

そして後年、この話にはもう一段の驚きが足された。あのロック調のプリセットを作曲したのは、カシオに入社したばかりの音楽エンジニア、奥田広子氏だったことが明らかになっている。1980年の仕事だ。本人はのちに、当時レゲエに夢中で、ロックのビートを作ろうとしても自然にレゲエでも機能するものになった——という趣旨を語っている。つまりSleng Tengの土台は、偶然おもちゃに入っていた音ではなかった。レゲエ好きの日本人技術者の耳が、5年の時差を経て、キングストンで発火したのである。

初披露の夜の記録も残っている。1985年2月23日、Waltham Park RoadでのJammy'sとBlack Scorpioのサウンドクラッシュ。観客が何度もかけ直させたと伝えられ、以後Sleng Tengリディムに乗せたヴァージョンは500近くまで数えられている。

そしてこの「チープな革命」の音は、国境と時代を越えて生き残った。2010年代以降、ヨーロッパのベースミュージックの作り手たちが、この時期の打ち込みのキッチュな質感を音作りの参照点にしている。ライプツィヒのレーベルがゲーム機の音色でダブを作るとき、その家系図の根元にはこの夜がある。

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ラバダブという現場芸
編集部

ダンスホールという言葉は場所の名前であると同時に、ある種の芸の名前でもある。

セレクターリディム——多くはシングルB面の伴奏——をかける。そこにシンガーやDeeJayがその場でマイクを持って乗る。客の顔を見ながら、時事ネタを挟み、権力をおちょくり、サウンドを持ち上げる。この当意即妙の現場芸をラバダブと呼ぶ。台本はない。ウケた歌い回しがそのままレコーディングされ、ヒットになることも珍しくなかった。現場が先、レコードが後。この順番がダンスホールの体質を決めている。

対になる言葉も覚えておきたい。セレクターが盤を切れ目なく繋ぎ続ける興行スタイルはジャグリンと呼ばれる。マイクの芸と、盤繋ぎの芸。ダンスホールの夜はこの二つの技術の掛け算でできていた。

80年代のダンスホールが世界市場向けとローカル向けに二極化していったとき、ラバダブは徹底してローカルの側の芸だった。目の前の客を笑わせることに全振りした音楽。だがその「目の前の客」への集中こそが、次々に新しい才能とリディムを生む装置になった。世界のポップチャートに届くダンスホールの型は、だいたいこの装置の中で先に完成している。

Lineage

系譜

01
One Drop → Synth Drum → Sleng TengRiddim Mass Production

ワン・ドロップ(Roots Radicsによる減速版が80年代前半を支配)→ シンセドラムの台頭(85年前後、《Power House》周辺)→ Sleng Teng(1985、完全打ち込み化)→ リディム量産体制(同一リディムに多数の歌い手が乗る文化の定着)。リディムの転用自体は60年代からあったが、複数曲で同じリディムを共有する文化が「標準」になったのはこの時代。

Essential

この時代の5枚

01
Wayne SmithUnder Mi Sleng Teng』 (1985)

すべてはこの一枚から。歴史が変わる音を3分で

02
YellowmanZungguzungguguzungguzeng!』 (1983)

初期ダンスホールの王の代表作。タイトルの読めなさも含めて時代

03
Barrington LevyHere I Come』 (1985)

生バンド期から打ち込み期への橋の上で歌った声

04
Tenor SawRing the Alarm』 (1985)

Stalagリディムの最強活用例。夭折の伝説の代表曲

05
Super CatSi Boops Deh!』 (1985)

ワイルド・アパッチ見参。90年代NY接続の予告編

アーティスト

この時代の10組