DEEP CUTS
東京にもエコーの部屋があった——MUTE BEATから始める日本のダブ
トランペットが歌の代わりに立つバンドが、80年代の東京にいた。輸入されたエコーが、この国の夜に根を張るまでの話。
金曜日の、25時。マイクの前にいる。
今夜はね、昼の店に来た若い子の一言から始めたい。何人かの顔をまぜて話すけど、「歌が入ってないレゲエで、なんか、ラッパのやつありませんか」って聞かれたの。ラッパのやつ。雑な注文。でも一発でわかった。わかった自分にちょっと笑った。それ、MUTE BEATのことでしょう。
MUTE BEATは東京のバンド。1982年に原宿のクロコダイルで最初のライブをやって、そこから80年代の東京で、ダブを「輸入盤で聴くもの」から「目の前で鳴るもの」に変えていった人たちよ。真ん中に立つのは歌い手じゃなくて、こだま和文のトランペット。歌のいるべき場所に、ミュートをかけた金管がひとつ。その後ろで、卓のエンジニアが音を抜いたり、エコーの部屋へ飛ばしたりする。Dub Master Xの名前を、クレジットで覚えてる人も多いはず。ステージの上に、演奏する人と、音を消す人が同時にいる。ダブってそういう音楽なの。鳴らすことと消すことが、同じ楽器。
音の話を先にしておくとね、MUTE BEATのダブは重さの置き方が独特なの。ベースとドラムは床のすぐ上を這うくらい低くて、その上がずっと空いてる。普通のバンドなら歌とギターで埋める高さに、何もない空間がある。そこへトランペットが一本だけ入ってきて、短いフレーズを置いて、すぐ黙る。黙ってる間、さっきの音の残響だけが部屋に残ってる。埋めないことが演奏になってる。にぎやかな音楽を聴き慣れた耳には最初スカスカに聴こえるかもしれないけど、その空白は手抜きじゃなくて、全部設計よ。
聴いてる? ここ、たぶん今夜いちばん大事なところ。
キングストンのダブは、スタジオの発明だった。King Tubbyたちが卓の上で作った、引き算の音楽。それが海を渡って東京に着いたとき、MUTE BEATはそれをバンドの形でやり直した。テープの代わりに人間が息を止める。フェーダーの代わりに、演奏そのものが引き算になる。ピテカントロプスみたいな80年代の東京の箱で、その引き算が夜ごと試されてた。輸入された作法が、輸入のままじゃなくなった瞬間って、そういう場所で起きるのよ。
場所の話もしておきたい。クロコダイルもピテカントロプスも、でかいホールじゃない。80年代の東京の、人の顔が見える距離の箱よ。ダブって大音量の音楽だと思われがちだけど、始まりの現場は案外そういう近さだった。エンジニアの手元とラッパの息継ぎが同時に見える距離で、音が消える瞬間を客が一緒に聴いてる。この近さで育った音だから、深夜のラジオにも、うちみたいな狭い店にも、ちゃんと収まるの。うちの店でも週に一度は掛けるけど、掛けるとおしぼりを畳む手が勝手にゆっくりになる。ああいう種類の音楽よ。
私の話を少しだけ。90年代、私はダンスホールの床にいた側で、MUTE BEATはもう「先にいた人たち」だった。当時は正直、速い曲の合間の休憩みたいに聴いてた。床で汗をかいてる二十歳そこそこには、この遅さの意味がまだわからなかったのよ。いま聴き直すと逆ね。あの遅さの方が本体だった。エコーが減っていく時間を、ちゃんと最後まで聴かせるための遅さ。生まれた港町の冬、雪が降る夜は町の音がぜんぶ吸われて、船の霧笛だけが何度も減衰しながら残るんだけど、MUTE BEATのトランペットの尻尾はあれに似てる。音より、音が消えていく時間の方が長い。
ね? ダブって、消え方の音楽なの。
で、この消え方は途切れなかった。90年代の東京で、Fishmansの『WALKING IN THE RHYTHM』みたいな音を初めて聴いたとき、私はMUTE BEATと地続きに聴こえて仕方なかった。影響がどう繋がってるかを言い切るのは学者の仕事だから私はやらないけど、耳はごまかせない。低音がゆっくり歩いて、上の音がエコーの部屋に出たり入ったりする。あの夜の作り方は、80年代の原宿の箱で先に試されてた形だと、私の耳は言ってる。
いまダブサイレン鳴らしたり、ブラウザでリディム組んだりしてる子にも、これは自分の話よ。エコーもディレイも道具は輸入品。でも鳴らした部屋の空気は、いつだって自分の町のものになる。東京のダブがそれを先にやってみせた。だから安心して、自分の部屋で鳴らしなさいな。
では、聴いてください。MUTE BEATで、『AFTER THE RAIN』。
Sources
- OVERHEAT/Riddim MUTE BEAT特集(1982年クロコダイル初ライブ、ピテカントロプス、Dub Master X) https://overheat.com/contents/mutebeat/
- OVERHEAT/Riddim MUTE BEAT特集2024 https://overheat.com/contents/mutebeat2024/
- RBMA JP「MUTE BEATの軌跡」 https://www.redbullmusicacademy.jp/jp/magazine/mute-beat-feature
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