DEEP CUTS
裏面が表になるまで。ダブが世界に染みた話
ロンドンの地下室、東京のクラブ、それからお前のイヤホン。Versionと刻まれた裏面の子孫は、いまや世界中で鳴ってる。最終回。
最終回だ。やっと終わる。
……と書きたいところだが、ダブって題材は終わらせてくれない。三回かけてジャマイカの話をしたのに、気づけばダブは島の外にいる。ロンドンに、東京に、それからお前のイヤホンの中にだ。今回はその追跡で終わる。
まずロンドン。ジャマイカから渡った移民たちが、寒い島の地下室にサウンドシステムを持ち込んだ。教会に行けない土曜の夜の礼拝堂だ。低音は故郷の言葉より正確に故郷を運ぶ。ここから英国産のダブが育つ。Jah Shakaみたいに、ほとんど一人で何十年もサウンドを貫いた男もいる。礼拝ってのは、続けるやつがいて初めて礼拝なんだ。
名前を二つだけ覚えて帰ってくれ。一人はDennis Bovell。ロンドンでダブを英国の湿度に翻訳したベーシスト/プロデューサーだ。詩人Linton Kwesi Johnsonと組んだ仕事は、ダブの上に詩を置くという発明——ダブポエトリーの背骨になった。低音の上で政治を語るって発想は、ラップと別ルートで同じ場所に辿り着いてる。もう一人はMad Professor。自前のスタジオAriwaからダブを量産し続けて、1995年にはMassive Attackのアルバムを丸ごとダブにした『No Protection』を出す。ブリストルの音の底にジャマイカの配線が通ってることを、これ以上ない形で証明した一枚だ。
ついでに言うと、70年代末のロンドンのパンク小僧どもも、ダブに脳をやられてる。パンクが終わったあとのポストパンクって音楽は、ギターよりベースが前にいる。あのベースの位置は、ダブが動かした家具の配置だ。誰が動かしたか名指しはしないが、配置換えの犯人がジャマイカなのは疑いようがない。
ちなみに海は、もう一方向にも渡ってる。ニューヨークだ。ジャマイカ育ちの連中がブロンクスでやらかした件は、この連載じゃなくてヒップホップ史の本編だから深入りしない。ただ、「レコードをもう一回演奏する」って発想が、ターンテーブル二台という発想のすぐ隣に置いてあることだけは、言っておく。棚で言えば同じ段だ。
で、東京だ。
80年代の東京に、MUTE BEATってバンドがいた。トランペットが主役のダブバンドだ。歌のかわりに管が鳴る。エコーの中をトランペットが歩いていく。俺はこれを初めて店で鳴らした日のことを覚えてる。客が三人、ほぼ同時に「これ何ですか」と聞いてきた。一晩で三枚売れた。あの頃の俺の店の売上記録としては大事件だ。三人のうち一人はそのまま常連になって、いまだに年賀状が来る。ダブってのは客との縁も引き延ばすらしい。
MUTE BEATが偉かったのは、ジャマイカの真似をしなかったところだ。東京の湿気と、東京の夜の温度でダブをやった。ダブってのは持ち帰り可能な料理じゃなくて、その土地の水で炊き直す米なんだと、あのバンドが証明した。ここから先の日本のレゲエの話は、次の連載でやる。俺の店の話がやっと出来る。
さて、締めだ。三回半かけて追いかけてきた話の着地点を言う。
ダブは、ジャンルとして生き残ったんじゃない。動詞として生き残った。
いま世界中のスタジオで、音を抜いて空間を作ることを、リバーブの尾で余韻を演出することを、リミックスで曲を別人格にすることを、みんな当たり前にやってる。ダブステップなんてジャンル名には、堂々とdubの三文字が入ってる。曲の一部を抜いて落差で客を飛ばすってあの手口、あれの家系図を遡れば、キングストンの修理屋の卓に着く。歌ものが出れば誰かがダブミックスを切る。ヒップホップのライブでビートが止まって客が歌う。フェスのPAが曲の途中で低音だけ残して、フロアが悲鳴を上げる。全部、あの裏面の手癖の子孫だ。
第1回で書いたのを覚えてるか。シングルの裏面に「Version」と刻まれたインストが標準装備になった、って話。あれは裏面だったんだ。おまけだった。五十年経って、世界中の音楽の作り方があの裏面の子孫になった。表と裏は、五十年かけて入れ替わった。B面ってのは、時間をかけて表になることがある。俺が中古盤屋を二十二年やって学んだことの中で、これが一番でかい。
第1回で「箱で食らってこい」と言った俺が、最終回でイヤホンの中の話をしてる。矛盾してるか?違うね。染みたって話をしてるんだ。選べるものは選べ。逃げられないところまで来たものは、観念して楽しめ。
配信で聴くなら、LKJの『Sonny's Lettah』、Mad Professorの『Radiation Ruling the Nation』、MUTE BEATの『Still Echo』。三曲で三都市、ぜんぶ同じ低音の血筋だ。夜中に、音量は近所の許すギリギリで。
(連載「ダブの発明」了。次の連載は「日本にレゲエとHIPHOPが上陸した日」——輸入盤と、店と、俺の話だ)
Sources
- Linton Kwesi Johnson『Forces of Victory』(1979)ほかダブポエトリー作品 https://en.wikipedia.org/wiki/Forces_of_Victory
- Mad Professor×Massive Attack『No Protection』(1995) https://en.wikipedia.org/wiki/No_Protection_(Massive_Attack_album)
- MUTE BEAT(1982年原宿クロコダイル初ライブ、ピテカントロプス拠点、Dub Master X参加、87-89年に5作) OVERHEAT/Riddim特集 https://overheat.com/contents/mutebeat/ / RBMA JP「MUTE BEATの軌跡」 https://www.redbullmusicacademy.jp/jp/magazine/mute-beat-feature
- ダブステップの語源にdubが入っていること(一般的事実)
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