DEEP CUTS

速い指と低い声——Thundercatはベースを歌わせた

スラッシュメタルのバンドから来た六弦ベースが、ビートシーンの真ん中で歌い出すまで。連載「Low End Theory以降のLA」第3回。

THUNDERCATBRAINFEEDERBASSLA JAZZ

低域の連載を三回目までやって、ようやく楽器の話ができる。ベースの話だ。ただしシンセベースでもサンプリングでもなく、指で弾くベース。Thundercat、本名Stephen Bruner。この人がいなかったら、Low End Theory以降のLAは「機材のシーン」で終わっていたかもしれない。

経歴が既に面白い。スラッシュメタルの老舗バンド、Suicidal Tendenciesのベーシストとして長く弾いていた人で、兄のRonald Bruner Jr.はジャズ育ちの凄腕ドラマー。つまりパンクの体力とジャズの語彙を両方持った状態で、ビートシーンに合流した。2011年、Brainfeederから出た初のソロ作『The Golden Age of Apocalypse』は、地元のメディアがその年のLAジャズの収穫として数えた。ビートシーンの内側から出た作品が、ジャズの棚でも数えられる。この二重帳簿こそ、あの時期のLAの正しさだと思う。

この合流が起きた理由を、僕は体力の問題だと思っている。ビートミュージックのステージに生楽器で立つのは、実はかなり分が悪い。機材は正確で、疲れないからだ。スラッシュメタルのツアーで鍛えた持久力と、ジャズ育ちの兄と家で叩き合ってきた反射神経。その両方があって初めて、打ち込みの精度と隣に並べる生演奏になる。腕前の話はよくされるが、体力の話はあまりされない。楽器の演奏は最終的に運動なので、ここは書いておきたい。

音の話をする。Thundercatのベースは六弦で、音域が広い。低い弦でルートを支えながら、高い弦でコードとメロディを同時にやる。三回聴き直したのは『Daylight』のイントロで、ベース一本のはずの場所に三つの層が聴こえる。低域の芯、真ん中の和音、上澄みの装飾。定位はほぼセンターのままなのに、縦に三階建てになっている。普通、この音域の欲張り方は録音でレイヤーを重ねて作る。この人は指で作る。

そして声だ。Thundercatはファルセットで歌う。低い楽器の名手が、歌うときは一番高い場所へ行く。『For Love I Come』を聴くと、ベースと声のあいだの中域がすっと空けてあって、そこに空間の余韻が置かれている。低域の人は、実は一番高い音の置き場所で音楽を決めている——というのが僕の持論で、出典はない。ただ、この曲がその証拠として機能しているとは思う。低い声で歌えば楽器と帯域がぶつかる。だからベースの名手ほど、歌うなら高く歌うしかない。制約の産物なのに、結果として声が一番遠くまで飛ぶ。設計と偶然の中間にある良さだ。

Brainfeederという場所も、この人を語る上で外せない。夭折した鍵盤奏者Austin Peraltaの存在が、レーベルがジャズへ本格的に踏み込む転回点になったことは、FADERの記事で語られている。Thundercatの成功は一人の腕の話であると同時に、ビートのレーベルが生演奏を抱える度胸を持てた、その構造の話でもある。

『Them Changes』まで来ると、もう説明が要らない。あのベースリフは、フロアでも、ラジオでも、たぶん葬式でも機能する。強いベースラインは用途を選ばない。それ、カレーで言うと、いい出来のルーは飯にもうどんにもパンにも合うという話で、器を選ばない味は仕込みの段階で決まっている。リフも同じだ。ループする前提で書かれた四小節は、何百回聴いても磨り減らないように、拍の頭と裏の配分が最初から設計されている。

もうひとつ、この人の存在がシーンに置いていった変化がある。Thundercat以降、ビートミュージックの現場で「弾ける」ことの価値が上がった。機材の前に立つ人と楽器を抱えた人が、同じ夜の同じ音量で並ぶ。打ち込みと生演奏という古い対立が、LAでは音域の分担の話に変わった。低域を誰が持つか。それだけが問題で、出自は問われない。

聴く順は『Daylight』『For Love I Come』『Them Changes』。指の速さに耳が行くはずだが、二周目は一回、音量下げて聴いてください。小さくすると、速さの下に敷いてある和声の丁寧さが浮いてくる。速い指は見出しで、本文は和音のほうにある。見出しだけ読んで帰るには、惜しい本文だ。

(次回: 余白の描き方——TeebsとDaedelus、それから水曜日の後の話)

Sources

KEEP READING

このテーマを続けて読む