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DEEP CUTS

名前のつかないビート。ポスト・ダブステップの越境者たち

FaltyDL、Desto、Strand & Non Genetic。2009年前後、ジャンル名が追いつかない音が世界中から同時に届いた。あの数年間の話。連載「ビートの周縁」最終回。

POST-DUBSTEPFALTYDLPLANET MUWONKY

2009年ごろの音楽ブログには、変な熱があった。深夜にRSSを開くと、聴いたことのない音が毎晩届いている。ダブステップと呼ぶには跳ねすぎていて、ヒップホップと呼ぶには四つ打ちが混ざりすぎていて、ハウスと呼ぶには低音が重すぎる。書き手たちは呼び名に困って、ポスト・ダブステップ、wonky、purpleと、毎月のように新しいラベルを発明しては捨てていた。

連載の最終回は、あの「名前が追いつかなかった数年間」の話をする。

まずニューヨークから。FaltyDLことDrew Lustmanは、コネチカット州ニューヘイブンに育ち、ブルックリンを拠点にした人だ。2009年にイギリスのPlanet Muから出た『Love Is A Liability』は、UKガラージと2ステップに宛てた恋文を、アメリカ人が書く——当時としてはねじれた作品だった。本場の訛りを外から愛した人の音は、本場より自由になることがある。彼のガラージはロンドンの重力を知らないぶん、リズムの隙間が広い。2013年の『Hardcourage』まで来ると、その隙間にハウスとエレクトロニカが流れ込んで、もうどのジャンルの棚に差せばいいのか分からなくなる。僕はこの「棚に差せない」が褒め言葉になる時代が好きだった。

北欧にも同じ熱があった。ヘルシンキのDestoは、Tes La Rokとの仕事などでベースミュージックの現場から名前が挙がっていた人で、フィンランドという、ダブステップの地図では余白だった場所から重い低音を送り続けていたと伝えられている。スペインとロサンゼルスの間では、StrandとNon Geneticが組んで、ベルリンのProject Mooncircleというレーベル周辺に作品を残した。Non GeneticはShadow Huntazというグループのラッパーで、抽象的なビートの上で声を楽器のように使う人だ。ロンドンの深い側にはLewis Bのような作り手がいて、Deep Heads周辺のコンピレーションに、ヘッドホン向きの沈むダブステップを置いていたとされる。

この回路には中継局もあった。ラジオだ。BBCのMary Anne Hobbsが深夜枠で、ダブステップ以降の分類不能な音を国境に関係なく流していた時期があり、彼女の番組で初めて名前を知った作り手は多いと言われている。レーベルではPlanet Muの雑食が効いた。主宰のMike Paradinasは、ジャンルの棚が決まる前の音を拾い上げることにかけて、あの時期もっとも早い耳の一人だった。FaltyDLのデビュー作があのレーベルから出たのは、偶然ではないと思う。分類できない音には、分類しない場所が要る。

名前を並べていて気づくのは、地理の壊れ方だ。ニューヘイブン、ヘルシンキ、マドリード、ライプツィヒ、ロンドン、そしてLA。あの数年、ビートの変異は一つの都市で起きていない。世界中の部屋で同時に起きて、ブログとMySpaceとネットレーベルが、それを毎晩混ぜていた。前回書いたJahtariの無料MP3も、この回路の一部だ。シーンの単位が「都市」から「回線」に変わった最初の時期だったと、いまなら言える。

LAで同じ頃に何が起きていたかは、G DUBさんが書いている。あちらが太陽系の中心の話なら、この連載で書いてきたのは、その引力を遠くで受けていた小さな衛星たちの話だ。中心がなければ衛星は散らばるだけだが、衛星がいなければ中心はただの点だった。周縁は、飾りではない。

ジャンル名の話を最後にしておきたい。wonkyもpurpleもpost-dubstepも、結局ほとんど定着しなかった。当時は不便だと思っていたが、いまは逆に考えている。名前が決まらない期間だけ、音楽は名前より速く動ける。ラベルが確定した瞬間、音はラベルに寄っていく。あの数年の音源をいま聴き返すと、どれも奇妙に若い。行き先が決まっていない音は、古び方まで自由らしい。

深夜のRSSに付き合ってくれる人は当時いなかったが、回線の向こうには毎晩誰かがいた。あれはあれで、悪くない距離感だった。

『Hardcourage』を通しで。ジャンルを当てるゲームは三曲目で諦めて、そこから先は低音の行き先だけ追ってほしい。名前のない音楽の聴き方は、それで足りる。

(連載「ビートの周縁」了。KUSHの次の連載は、現行R&Bの声の処理の話に戻る予定)

Sources