DEEP CUTS

SP-404の砂——Ras Gの低域は割れてから始まる

レイマートパークの機材一台と、歪みを恐れなかった低音の話。連載「Low End Theory以降のLA」第2回。

RAS GSP-404LA BEATSUN RA

先週の続きで、今回は機材一台の話をする。RolandのSP-404。手のひらより少し大きいサンプラーで、Low End Theory圏の標準装備のひとつだった。そしてこの機材の名前を聞いて最初に思い出すべき人が、Ras Gだ。

Ras Gはロサンゼルスのレイマートパークを拠点にしたビートメイカーで、自らの音楽をGhetto Sci-Fi Musicと呼んだ。The Afrikan Space Programという名義が示すとおり、参照先は宇宙。といっても、綺麗な宇宙ではない。レコードの埃と、割れた低音と、テープの飽和でできた宇宙だ。2013年の『Back on the Planet』をPitchforkはSun Ra的と評した。ジャズの伝統にある「宇宙=ここではない場所への出口」という系譜の、ビートミュージック側の後継ということだと僕は理解している。2019年に亡くなったとき、NPRが一人のビートメイカーに長い追悼記事を出した。それ自体が、この人の位置を説明している。

場所の話を先にする。レイマートパークは、LAのブラックカルチャーの歴史が濃い街区で、ジャズと詩と美術の空気が残っている場所だ。Ras Gはそこのレコード店の周辺にいて、自分の制作拠点をSpacebaseと呼んでいた。NPRの追悼記事のタイトルが「Spacebase Was The Place」——Sun Raの『Space Is the Place』をもじった見出しで、この人の座標を一行で言い当てている。宇宙は遠くではなく、レイマートパークの部屋の中にあった。

機材の選び方にも思想がある。あの時期、ラップトップ一台で何でもできる環境はもう揃っていた。それでもRas GはSP-404を選び続けた。パッドを指で叩く物理的な佇まい、波形を見ないで耳だけで刻む作法、そして後で書くとおり、綺麗にならないこと。できることが少ない機材は、できることの輪郭がそのまま作家の輪郭になる。

で、低域の話です。Ras Gのベースは、はっきり言えば「割れて」いる。サブベースがサンプラーの内部で飽和して、輪郭が砂になっている。普通のエンジニアリングの基準なら直すべき状態だ。でも三回聴き直してわかるのは、あの砂がこの音楽の主役だということ。理屈を一段だけ書く。サブベースの基音は、小さいスピーカーでは物理的に再生できない。でも音が飽和すると、基音の整数倍の位置に倍音が立つ。人間の耳は倍音の並びから基音を補完して聴くので、鳴っていない低音を「低い」と感じられる。クリーンなサイン波のサブベースは体を押すだけだが、飽和したベースは倍音が上に立つから、小さいスピーカーでも「低い」とわかる。ラジカセでも、ノートPCでも、低域の気配が消えない。ゲットーの再生環境を前提にした低音設計。Ghetto Sci-Fiという言葉は、音響仕様として読める。

これはダブの発想でもある。機材の限界を欠陥ではなく音色として使う。エコーチェンバーの濁り、テープの揺れ、卓の歪み。その系譜の一番奥にはLee Perryがいて——Lee Perryだけは別です。『Disco Devil』を初めて大きい音で聴いた夜のことは、まだうまく説明できない。説明できないまま、僕はこの仕事を続けている。

Ras GのSP-404の使い方で、もうひとつ書いておきたいことがある。この機材はエフェクターの掛け方が荒くて、パラメーターが目盛りで飛ぶ。滑らかに変化しない。その「飛び」がそのままグルーヴになっている曲が多い。精密さの不足が、手癖の署名に変わる。それ、カレーで言うと、家のカレーの雑な具の切り方が、店では出せない味になるのと同じ構造だと思う。整えたら消える種類のうまさがある。

直すべき歪みと、残すべき歪みの区別。それはフェーダーの位置ではなく、その音が誰の生活から出てきたかで決まる。Ras Gの砂は直したら消える種類の音で、だから誰も直さなかった。

『All Is Well…』から聴いてほしい。それからSun Ra『Space Is the Place』に遡って、『Disco Devil』で締める。宇宙、ジャズ、ダブ。三つの出口が同じ方向を向いているのが、スピーカー越しにわかるはずだ。飽和した低域は、たしかに何かからの出口だった。

(次回: 速い指と低い声——Thundercatの回路)

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