DEEP CUTS
ベッドの軋みが街の音になった——ジャージークラブと紅生姜
ニューアーク生まれの「ギッ、ギッ」と、牛丼の脇の赤いやつ。主役じゃないのに全体を決める話。連載「クラブ帰りの朝飯・第一部」第2回。
朝の牛丼屋。券売機の前で十秒止まる。並盛か、大盛りか。十円単位の人生会議。結論はいつも並盛と生卵。券売機の前の十秒は、人間が一日で一番正直になる時間だと思う。フロアでどれだけ格好つけて踊っても、券売機の前では誰も嘘をつけない。
昨夜はジャージークラブの夜だった。ベッドが軋む「ギッ、ギッ」というあの音が、三連のキックと一緒に朝まで鳴っていた。今日はあの軋みの話をさせてほしい。
ジャージークラブはニュージャージー州ニューアークの音だ。生まれは90年代末から2000年代初頭とされていて、自分が物心つく前の話なので、ここから先は調べた事実として書く。ボルチモアのクラブミュージックに影響を受けたDJ Tameilたちが、地元の耳に合わせて作り替えた。Tameilは焼いたCDをニューアークの大通りで手売りしていたらしい。対抗してビートを作り始めたのがBrick Banditsというクルーで、のちにTameil本人も合流した。ニューアークの通称ブリック・シティから、最初はブリック・シティ・クラブと呼ばれていた。街の名前を背負った音。手売りのCD。話だけで飯が食える。
で、あの軋みだ。2004年、TameilがTrillville『Some Cut』のイントロからあの音を刻んだのが始まりとされる。ただ本人いわく、あれはベッドではなく椅子の軋みらしい。世界中がベッドだと思って腰を振っていた音が、実は椅子。こういう勘違いごと定着するのが、クラブミュージックのいいところだと思う。
もう一つ、調べていて手が止まった話がある。初期のジャージークラブのパーティーは、クラブじゃなくて宴会場やスケートリンクで開かれていて、街が荒れていた時期も、そこは子どもが安全に踊れる場所として知られていたらしい。夜の音楽の話をすると武勇伝に寄りがちだが、この音の出発点は、子どもを朝まで無事に帰すための場所だった。搬入口側の人間として、この話は覚えておきたい。
音の作りは130〜140BPM、キックが三連で跳ねる。頭で数えるより先に首が動く。そして肝心なのは、あの軋みが曲の主役ではないことだ。主役はキックとチョップされた声。軋みは脇に置かれて、でもあれが鳴った瞬間にジャージークラブになる。
つまり紅生姜だ。牛丼の主役は牛と飯で、紅生姜は脇。でも紅生姜を摘まんだ瞬間に、あの丼は「牛丼屋の牛丼」になる。家では再現できない。ベッドスクイークは、ジャージークラブに乗った紅生姜だと思う。本体を食っているあいだ、ずっと脇から全体の輪郭を決めている。……いや、これは疲れてるだけだ。
2020年にCookiee Kawaii『Vibe』がTikTokで回り、2022年にはLil Uzi Vert『Just Wanna Rock』が全米チャートの10位まで上がった。ニューアークの手売りCDから二十年。あの軋みは、いま世界で一番拡散された生活音のひとつだ。
昨夜のフロアでも、あの音が鳴るたびに誰かと誰かの距離が縮まっていた。距離が縮まる瞬間を照らすのが、照明卓にいた頃の自分の仕事だった。誰かの恋の照明係。それが仕事と言えば仕事。はいはい。
まあ、朝飯の話に戻る。紅生姜を一摘み多めに。生卵を割って、七味を一振り。うまかった。
聴くなら『Some Cut』のイントロ十秒、それから『Just Wanna Rock』『Vibe』の順で。椅子だかベッドだかの軋み一個が街の音になっていく二十年を、牛丼一杯の時間で追体験できる。
(次回: 160BPMの夜明けに、立ち食いそばの出汁が効く)
Sources
- ジャージークラブがニューアーク発、DJ Tameil/Brick Bandits、2002年の「Brick City club」命名、ボルチモアクラブの影響、130〜140BPMの三連キック、Cookiee Kawaii『Vibe』(2020)とLil Uzi Vert『Just Wanna Rock』(2022)全米10位 https://en.wikipedia.org/wiki/Jersey_club
- Tameilが焼いたCDをニューアークのBroad Streetで手売りしていた証言(オーラルヒストリー) https://www.thefader.com/2014/06/12/the-skys-the-limit-an-oral-history-of-jersey-club
- ベッドスクイークがTrillville『Some Cut』イントロ由来(2004年とされる)、Tameil本人の「実は椅子の軋み」発言 https://tidal.com/magazine/article/jersey-club-won/1-90611
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