DEEP CUTS

朝日に効く一曲は決まっている

Roy Ayers『Everybody Loves the Sunshine』と、夜のうちに握った塩むすび。第一部の店じまい。連載「クラブ帰りの朝飯・第一部」最終回。

ROY AYERSSAMPLINGSOUL朝飯

第一部の最後は、曲を一つだけ置いて終わりたい。Roy Ayers Ubiquity『Everybody Loves the Sunshine』。1976年の曲。クラブ帰りの朝日には、これ以上の音がまだ見つかっていない。

夜通し鳴っていたのがアマピアノでも、ジャージークラブでも、160のフットワークでも、箱を出て朝日に当たった瞬間に体が求める音は、なぜか全部同じところに着地する。ゆっくりで、あたたかくて、急かさない音。ヴィブラフォンが溶けたあの曲は、そのために作られたとしか思えない速度をしている。

事実を置いておく。Roy Ayersはジャズファンクのヴィブラフォン奏者で、『Everybody Loves the Sunshine』は200回近くサンプリングされたと報じられている。Mary J. Blige『My Life』も、A Tribe Called Quest『Bonita Applebum』も、あの曲の体温を借りている。HIPHOPとR&Bの半世紀に、日向を一枚敷いた人。2025年の春に84歳で亡くなったが、あの音はいまも毎朝、どこかのイヤホンで日の出をやっている。

自分がこの曲を覚えたのは、バラシのあとの誰もいないフロアだった。照明を全部落として、作業灯だけになった箱で、先輩が客入れ用とは別の小さい音量でこれを流した。爆音じゃない朝の音量。耳にも、次の日の体にもやさしい音量。あの日から、自分の中でこの曲は「終わってから鳴る音楽」になっている。

一番好きだった箱は、いまも同じ名前で営業している。ただ、移転した。同じ名前の、別の場所。悪くはない。悪くはないが、あの搬入口の段差も、音の回り方も、作業灯の色も、別の建物のものになった。箱の名前は器の名前じゃなくて、たぶん場所と時間の名前だ。だから移転した箱は、同じ看板の別の店だと思っている。それでも通うけど。

帰り道の話もしておく。箱から駅までの十五分。夜のあいだ何百回も繰り返したベースが、歩くリズムに変換されていく時間。イヤホンを挿すのはいつも改札の手前と決めている。街の音から曲に切り替わる一瞬の無音が、その日の夜の締めくくりになる。始発の窓にもたれて、朝日が建物の隙間から一定のリズムで差してくるのを浴びる。あれも照明だ。誰も卓を触っていないのに、完璧なタイミングで入ってくる。

で、最後の朝飯は家だ。夜のうちに握っておいた塩むすびと、三日目の浅漬け。冷えた米に塩が回った塩むすびは、握りたてとは別の食い物で、自分はこっちの方が好きだ。時間が味付けをしている。サンプリングと同じ理屈だと思う。1976年の音がいまのフロアでまだ効くのは、五十年かけて回った塩が効いているからだ。……いや、これは疲れてるだけだ。

窓を開けて、朝日と『Everybody Loves the Sunshine』と塩むすび。誰かと分ける朝飯じゃないのは、まあ、いつものことだ。はいはい。それでも、この時間は悪くない。

聴く順番は『Everybody Loves the Sunshine』から『Bonita Applebum』、それで『My Life』。原曲の塩が半世紀を旅した順だ。

第一部はここまで。アマピアノ、ジャージークラブ、フットワーク、そして朝日の一曲。夜の音楽の話をしているようで、ずっと朝の話をしていた気もする。クラブミュージックは夜のものだと言われるが、あれをどう朝まで持ち帰るかは、こっち側の仕事だ。持ち帰り方は誰にも教わらなくていい。腹が減る方へ歩けば着く。

うまかった。第一部、ごちそうさま。

(第一部・完)

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