DEEP CUTS
輸入盤の航路。船と為替と、2,800円の理由
音楽に時差があった時代の話。レコードは音の輸入品で、値段は海と為替が決めていた。新連載、俺の店の話の前史から。
新しい連載だ。今回は文句なしで始める。
ダブの連載の最終回で「次は俺の店の話だ」と書いたら、編集部より先に俺が楽しみにしてた。こういう時ほど照れるんだが、まあ、やる。ただし店を開ける前に、どうしても先に話しておくことがある。レコードがどうやって日本に来てたか、って話だ。ここが分からないと、俺の店の棚の意味も分からない。
まず、前に書いた「2,800円」の種明かしからだ。ダブの連載で、学生の頃に三日飯を抜いて輸入盤を買った話をした。なんで輸入盤ってのはあんなに高かったのか。答えは単純で、レコードってのは音の輸入品だからだ。海を渡ってくる。関税がかかる。問屋が挟まる。そして何より、為替が乗る。
俺が音楽に金を使い始めた頃の話をすると、そのちょっと前まで、ドルは360円だった。固定だ。1971年までそういう決まりだった。つまりアメリカで3ドルの盤は、海を渡るだけで千円を超える宿命を背負ってた。そこに船賃と問屋の取り分が乗って、店に並ぶ頃には学生の三日分の飯代になる。レコードの値段ってのは、音楽の値段じゃない。海の広さと円の弱さの値段だったんだ。
それから、時差の話をさせてくれ。これが今の若いのに一番通じない話だ。
新譜は船で来る。船便ってのは安いが、一ヶ月かかる。音楽雑誌でビルボードのチャートを読んで、「いま向こうで一位の曲」の存在だけ先に知って、音は一ヶ月後に届く。あの時代、音楽には時差があった。待ってる間、俺たちは誌面の文字から音を想像した。何度も想像した。だから届いた盤に針を落とす瞬間ってのは、答え合わせだったんだ。
白状すると、想像の中の音に実物が勝てないことも、たまにあった。誌面で読んだ「革命的なファンク」が、届いてみたら普通のファンクだったりする。それでも払った金の分は聴く。聴いてるうちに好きになる。あれは音楽の聴き方として、案外正しかったんじゃないかと今でも思ってる。金と時間を先払いした音楽は、簡単には嫌いになれない。
ジャマイカ盤の話もしておく。レゲエをやる上で避けて通れないのが、ジャマイカプレスの盤だ。あれはひどい。センターがずれてる。ノイズが乗ってる。ジャケは印刷がずれてる。それで音はというと——太いんだ、これが。UK盤の同じ曲より、腰から下が明らかに重い。俺はこれで一つ覚えたことがある。奇麗な音と、いい音は違う。検盤の基準じゃ測れないものが、溝の中にいる。盤質Bの俺が言うんだから、盤質表記の限界の話として聞いてくれ。
で、1985年。プラザ合意ってやつで、円が急に強くなる。ドルに対して円の力が、数年で倍近くになった。輸入盤の値段がすとんと落ちて、贅沢品から日用品に変わった。若いのが月に一枚しか買えなかったものを、三枚買えるようになる。この「三枚買える」が効いたんだ。一枚しか買えないなら、外しようのない名盤を買う。三枚買えるなら、一枚は冒険できる。冒険の予算が生まれた瞬間、シーンの土壌ができる。90年代に日本の掘る文化が爆発する下ごしらえは、実は為替がやってた。
ついでに、輸入盤の考古学の話をさせてくれ。中古で買い取った輸入盤には、たまに前の持ち主の国の値札が残ってる。ロンドンの店のスタンプ、ニューヨークの店のシール、その上に日本の輸入盤屋の値札が重なってる。俺は剥がさない主義だった。あれは盤の航路の履歴書なんだ。海を二回渡った盤ってのは、二つの街の夜を知ってる。値札の地層を読むのは、俺の店の閉店後の楽しみだった。考古学ってのは大袈裟じゃない。発掘現場が段ボール箱なだけだ。一番の出物は、ロンドンの店の50ペンスの値札の上に、日本の輸入盤屋が3,500円を貼ってたやつでね。海を渡ると、音の値打ちが七倍になる。逆に言やあ、向こうの誰かが50ペンスで手放した夜が、こっちの誰かの一生の一枚になるって話だ。為替ってのは、たまにそういう悪戯もする。
音楽の歴史ってのは、音楽の中だけで動いてない。船のダイヤと、円相場と、若いやつの財布の中身で動いてる。俺はこれをロマンがない話だとは思わない。むしろ逆だ。あれだけの障害物を越えて、それでも音は届いたんだから。
今は時差ゼロだ。キングストンで金曜に出た曲を、高円寺で金曜に聴ける。良い時代かと聞かれると、俺は少し黙る。黙るが、まあ、良い時代なんだろう。待つ楽しみの話は、年寄りの手荷物としてこっちで持っておく。
配信で聴くなら、輸入盤時代の海を渡ってきた定番を三枚。The Wailersの『Catch a Fire』、Dennis Brownの『Money in My Pocket』、Burning Spearの『Marcus Garvey』。どれも当時は、海の向こうの音だった。いまはポケットの中にいる。その距離の縮まり方ごと聴いてくれ。
(次回: 店という装置——レコ屋は何を売っていたのか。盤だと思ってるだろ。半分正解だ)
Sources
- 1ドル360円の固定相場が1971年に終わったこと(財務省資料) https://www.mof.go.jp/english/pri/publication/policy_1972-1990/Chapter1-3.pdf
- プラザ合意1985年の共同声明 https://g7.utoronto.ca/finance/fm850922.htm
- プラザ合意後の急速な円高(IMF WEO box) https://www.imf.org/-/media/websites/imf/imported-flagship-issues/external/pubs/ft/weo/2011/01/c1/_box14pdf.pdf
- 輸入盤LPの当時の価格帯は盤質Bの記憶ベース(一般的な相場感の範囲)
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