DEEP CUTS

割れたグリッドの上で踊る。ブロークンビーツが渡った都市

西ロンドンで生まれた「わざと壊した4つ打ち」は、ベルリン、マインツ、アトランタ、ニューヨークへ静かに渡った。連載「ビートの周縁」第1回。

BROKEN BEATBRUKBUGZ IN THE ATTICWEST LONDON

最初に聴いたとき、1拍目がどこにあるのか分からなかった。キックは鳴っている。4小節の枠も感じる。なのに、重心が思っていた場所に落ちてこない。数え直すために三回聴き直して、三回目にやっと分かった。壊れているのではなく、わざとずらしてある。

ブロークンビーツ。現場ではbrukとも呼ばれる。90年代の終わり、西ロンドンで生まれた音だ。ハウスのように4/4の枠を保ちながら、キックとスネアの位置を枠の内側で組み替える。ジャズファンクとブギーの血が濃く、上物はソウルフルなのに、足元だけが千鳥足になっている。ロンドン東部のPlastic Peopleで続いたパーティCo-Opがこの音の実験室で、4heroのDegoや、Bugz in the Atticという集団が中心にいたと記録されている。

Bugz in the Atticの音を初めて聴く人には『Booty La La』を薦めたい。派手な曲ではない。ただ、スネアの位置に耳を置いて聴くと、この音楽の思想が分かる。まっすぐ置けば誰でも踊れる場所に、彼らはあえて置かない。半歩ずらす。踊り手はそのずれと交渉することになる。ハウスが「体を預ける音楽」だとしたら、brukは「体と相談する音楽」だ。この相談の時間が、僕には贅沢に聴こえる。

この音の出自を一つ足しておくと、4heroの存在が大きい。彼らはもともと90年代初頭のレイヴとジャングルの中心にいた人たちだ。異常な速度で刻まれていたブレイクビーツが、10年かけて減速し、ストリングスと歌を迎え入れて、『Play With The Changes』のような作品に落ち着いた。つまりブロークンビーツには、レイヴで踊り明かした世代が大人になって、それでもグリッドのまっすぐさだけは受け入れなかった、という物語が埋まっている。速度は手放しても、ずれは手放さなかった。この取捨選択に、僕は西ロンドンの意地を感じる。

面白いのはここからで、この音は大爆発しなかったかわりに、変な渡り方をした。

ベルリンにはJazzanovaとSonar Kollektivという受け皿があった。ドイツのマインツにはSoulParlorがいて、ブロークンビーツとフューチャーソウルの線を今も続けていると伝えられている。大西洋の向こうでは、Bugz in the Atticの中核だったDaz-I-Kueがロンドンからアトランタへ移り、現地のMCであるStan Smithらとの仕事がTokyo Dawn Recordsといったレーベルに残っていると記録されている。同じアトランタ周辺にはRahgrooveというビートメイカーの名前も見える。そして日本からニューヨークへ渡ったYellowtail(Hiro Awanohara)が、『Grand & Putnam』のような作品でこの系譜をつないだ。

固有名詞を並べたが、言いたいのは名前の数ではない。ブロークンビーツは、シーンとして拡大するかわりに、人に付いて移動したということだ。ロンドンからベルリンへ、アトランタへ、ブルックリンへ。渡った先で現地のソウルやヒップホップと混ざり、そのたびに少しずつ訛りが変わる。音楽ジャンルの広がり方として、これはかなり珍しい。流行は電波で広がるが、brukは引っ越し荷物で広がった。

なぜ大きくならなかったのかも、たぶん音の中に理由がある。このリズムは踊り手に負荷をかける。初見の体は一度つまずく。クラブミュージックの市場は、つまずかせない音を選び続けてきたから、brukは常に中規模の現場に留まった。ただ、その負荷こそが快楽だと知っている耳が、どの都市にも一定数いた。だから消えなかった。20年以上、細く、切れずに続いている。

僕の聴き方を書いておくと、brukのキックのずれは、ミリ秒単位で「遅れ」ではなく「先回り」に聴こえる瞬間がある。J Dillaのよれが酔いなら、brukのずれは素面の敏捷さだ。同じ「グリッドからの逸脱」でも、方向が逆を向いている。この違いが分かった夜は、少しうれしかった。分かち合う相手は特にいなかったが、音量を一段上げた。

次回は、ダブがゲーム機の音色と合流した話をする。ライプツィヒの、冗談の顔をした本気の話だ。

『Booty La La』を、スネアだけ追いかけて一回。次にキックだけで一回。最後に普通に一回。三回目に、体が勝手に相談を始めているはずだ。

(次回: 8bitのダブ——Jahtariが本気にした冗談)

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