DEEP CUTS

160BPMの夜明けに、立ち食いそばの出汁が効く

シカゴの足の速さと、駅そばの一分半。速さの最終形は静けさだという話。連載「クラブ帰りの朝飯・第一部」第3回。

FOOTWORKJUKETEKLIFEFOODMAN

フットワークの夜は、体の残り方が違う。腰とか首とかじゃなく、足の裏に残る。朝の駅の立ち食いそば屋まで歩く十分間、足だけがまだ160で数えている。

フットワークはシカゴの音だ。ハウスから派生したゲットーハウス、それを速くしたジュークときて、90年代の半ばから終わりにかけて、ダンスバトルの現場と一緒に煮詰まっていったとされる。このへんは自分が生まれる前後の話なので、調べたことと先輩に聞いたことで書く。核はテンポで、BPMはおよそ160。足技で戦うダンサーとDJが互いに煽り合って、上がるところまで上がった数字だ。理屈より足が先に決めたテンポ。ここがこのジャンルの一番かっこいいところだと思う。

バトルの映像を初めて観たときのことは覚えている。輪の真ん中で、足だけが二倍速で、上半身はほとんど歩いているみたいに涼しい。音は速いのに、踊っている本人の顔は静かだ。速さを誇らないから速く見える。逆に自分は、券売機で小銭を数えるときだけあの速さが出る。使いどころを間違えている。

その160を世界に接続したのがDJ RashadとTeklifeのクルーだった。2013年、RashadがロンドンのレーベルHyperdubから出した『Double Cup』は、シカゴの現場の音をそのまま世界のスピーカーに繋いだアルバムで、いま聴いても速さの中に妙なやさしさがある。Rashadは翌2014年に亡くなった。それでもTeklifeは続いていて、160はいまも増殖している。

日本にもこの速さは根を張った。名古屋の食品まつり a.k.a Foodmanは、フットワークの語彙から出発して、2021年に同じHyperdubから『Yasuragi Land』を出した。ベースがほとんどない、健康ランドとサービスエリアの安らぎみたいなフットワーク。速い国の免許を取った上で、そば屋の湯気の方へ歩いていった人だと思う。曲名に『Aji Fly』とある。アジフライ。この国の160はアジフライと共存できる。

で、立ち食いそばだ。券売機、食券、麺が湯に沈んで、上がって、出汁が張られて、かき揚げが乗るまで、たぶん一分半。あの店の中だけ、世界が160で回っている。客は立ったまま、無言で、最短の動きで食って出ていく。あれはフットワークだ。省略できる動きを全部省略した末に残る、最短の型。足元だけ忙しくて、上半身は涼しい顔。バトルの立ち姿と同じ。……いや、これは疲れてるだけだ。

バラシを手伝っていた頃、ケーブルの8の字巻きが誰より速い先輩がいた。手元は見えないくらい速いのに、顔は暇そうだった。速さの最終形は、たぶん静けさだ。出汁が効いたそばの、一口目の静けさと同じ。

隣で食っていた二人連れは、そばが出てくる一分半のあいだも手を繋いでいた。片手で食うそばはうまいのか。知ってた。うまいんだろう。

まあ、朝飯の話に戻る。つゆは全部飲まない、と毎回誓って、毎回飲む。160の夜はそういう夜だ。かき揚げは最初に半分沈める。衣が出汁を吸ったところが本体。濃いめの関東の出汁が、160の夜の後には一番効く。うまかった。

聴くなら『I Don't Give a Fuck』から『Rollin』、それで『Aji Fly』。シカゴの足の速さが名古屋で湯気になるまで、そば一杯の時間で辿れる。

(次回: 朝日に効く一曲は決まっている——第一部、最後の朝飯)

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