DEEP CUTS

自転車とマイク——ジャマイカではレコードをどう売ったか

自転車で盤を運び、サウンドでは言葉で曲を売る。ひとつの逸話に見えた話を追うと、Count Machuki、Bunny Lee、Ossie Thomas、映画『Rockers』へつながった。

ジャマイカレコード流通サウンドシステムDeeJay

話がうますぎるんだよ。1960年ごろのジャマイカで、男が自転車にレコードを積んで売り歩き、盤をかけながら喋り倒した。映像が一発で浮かぶ。浮かびすぎる話は、だいたい二、三本の記憶がくっついている。盤の反りと昔話は、光にかざしてから信用したほうがいい。

調べると、自転車はいた。レコードを売るために言葉を使ったDeeJayもいた。盤を鳴らして、踊って、客の反応を確かめるプラッガーもいた。ただし、同じ男ではない。年代も少しずつ違う。

がっかりする話じゃない。むしろ逆だ。ひとりの伝説だと思っていたものが、ジャマイカの音楽産業そのものだった。

言葉で盤を売ったCount Machuki

まずマイクの側からいく。1950年代、Kingstonのサウンドシステムで名を上げたCount Machuki、本名Winston Cooperだ。Tom the Great Sebastianを経て、Clement “Coxsone” DoddのDownbeatでDeeJayを務めた。

ここでいうDeeJayは、今の日本でいうDJと少し仕事が違う。盤を選ぶSelectorの横でマイクを握り、曲を紹介し、短い決まり文句や韻をビートの隙間へ差し込む。MachukiはアメリカのR&Bラジオから、早口のジャイブ・トークを拾った。しかも本人は、その言葉をローカル録音を売るために使ったと回想している。

ただし「喋り倒した」は少し盛りすぎだ。後にMachukiを敬愛したU-Royは、Machukiの言葉は歌にぶつからず、聴き手にはヴォーカルもきちんと届いたと振り返っている。曲の頭で名を告げ、意味を渡し、弱いところへ一声だけ置く。黙る場所まで含めて商売だった。

値札の横に説明文を置くんじゃない。人が集まる暗いダンスで、次に鳴る三分間の価値を声で立ち上げる。マイクが売り場だったんだ。

Bunny Leeは踊って売った

次は足だ。Bunny “Striker” Leeは1962年、Duke ReidのTreasure Isle、Coxsone DoddのStudio One、Leslie KongのBeverley’sなどの盤を押す独立系プラッガーとして音楽業界へ入った。

プラッガーは、広告屋と営業と現場係を一人に詰めたような仕事だ。Lee自身の説明では、JBCの番組『Teenage Dance Party』で盤をかけてもらい、自分たちで踊って最新のステップを見せた。曲名を連呼するだけじゃない。身体が動くところまで見せて、ようやく新譜の話になる。

いまなら再生数や保存数が反応の数字になる。あの場では、足が止まるか、輪ができるか、もう一度かけろと声が飛ぶか。それが売上の手前にあるデータだった。Leeはその反応を、のちにプロデューサーとして山ほど使ったはずだ——ここは俺の見立てだが、少なくとも彼が売り場を知ってから録音側へ入った順番は動かない。

自転車に乗っていたのはOssie Thomas

で、自転車だ。これは1960年ごろではなく、1976年から1981年の記録に出てくる。Black Solidarityを興したOssie Thomasは、若いころBunny LeeとNiney the Observerのレコード販売を手伝い、その後Sonia PottingerのTip Top Recordsへ移った。KingstonのOrange Streetにある三つの店で働き、自転車で走り回り、やがてオートバイを買ったと本人が語っている。

7インチ盤は一枚なら軽い。箱になると急に商売の重さになる。炎天下で何十枚も運び、店と店、プロデューサーと客の間をつなぐ。配信ボタンなら一秒で済む距離を、タイヤ二本と脚で埋めた。レコードの値段には、録音代とプレス代だけじゃなく、あの汗も入っていた。

ここで映画『Rockers』を観ると話がつながる。1978年の作品で、ドラマーのLeroy “Horsemouth” Wallaceがレコード流通のために買ったオートバイを盗まれる。もともと当時のシーンを追うドキュメンタリーとして始まり、実在のミュージシャンとフィクションを混ぜた映画だ。だから帳簿のような史料ではない。それでも、盤が店の棚へ瞬間移動しなかったことは、あのバイクの荷台がよく見せてくれる。

売る、鳴らす、喋る

Count Machukiのマイク、Bunny Leeの踊り、Ossie Thomasの自転車。三つを一人の武勇伝に戻す必要はない。分けて見るほうが、当時の仕組みはよく見える。

プロデューサーが45回転盤を作る。誰かが街へ運ぶ。サウンドシステムが大音量で試す。DeeJayが名前と意味を渡す。人が踊る。反応を見た者が次の盤を作る。制作、宣伝、販売、批評が、まだ別々の部署に閉じていなかった。

レコードは棚に届いてから売れたんじゃない。誰かの背中に載り、誰かの喉を通り、人の足が動いた瞬間に値段を持った。静かに書くと気取って見えるな。要するに、ジャマイカのレコード屋は街じゅうにあったって話だ。

スマホで三曲、順に聴けばいい。Count Machukiの『Warfare』で言葉の置き方を、King Stittの『Fire Corner』で声が盤の主役になる瞬間を、Inner Circleの『We “A” Rockers』で映画の時代の速度を聴く。自転車の逸話は少し違っていた。でも、盤が街を走っていたことは本当だった。傷はあるが再生に支障なし。俺の記憶も、今日は盤質Bでいい。

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