HISTORY

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ジャパレゲ 日本のレゲエ史

サウンド、DeeJay、フェス、ローカルイベント。

1970s-1980s

Imports / Early Japan

輸入盤、ライブハウス、スタジオから、日本のレゲエの耳が育った。

70年代末から80年代にかけて、入口は輸入盤、クラブ、ライブ、スタジオワークだった。西麻布Tools Bar / P.PICASSO、高樹町Bubblin' Dub、Monkberry'sのような場所で、レゲエ、ダブ、ヒップホップ、ニューウェーブ、服の感覚が混ざる。PeckerMUTE BEATRankin TaxiTaxi Hi-FiPapa BAckee & Saltfishが、日本でレゲエを鳴らす前夜を作った。

聴きどころ

ジャマイカのコピーではなく、日本のスタジオ、バンド、言葉でどう揺らしたか。リズムの置き方、ダブの余白、Rankin Taxiの日本語Deejay、バンドが低音を鳴らす時の間を聴く。

Timeline

1970s

輸入盤、クラブ、ライブ経由でレゲエが届く

1980-81

Peckerがジャマイカ録音『Pecker Power』『Instant Rasta』で海外録音の線を引く

early 80s

Tools BarP.PICASSOBubblin' Dub周辺でブラックミュージックと東京の服が混ざる

mid 80s

Rankin TaxiTaxi Hi-FiPapa Bらが日本語Deejay/サウンドの入口を作る

late 80s

MUTE BEATAckee & Saltfish周辺でダブ、バンド、歌ものの線が太くなる

顔ぶれ/現場/レーベル

背景

Peckerから聴こえる初期受容

ジャマイカ録音や海外ミュージシャンとの接点を含め、日本のレゲエ/ダブ受容を語る時に外せない。曲名だけでなく、誰と録り、どの音を日本へ持ち帰ったかを聴きたい。

MUTE BEATのダブ感

バンドとしての強度と、ダブの空間処理が同居している。ジャパレゲという言葉の前に、日本でレゲエ/ダブをどう鳴らしたかが残っている。

Rankin Taxi / Nahkiの言葉

日本語でDeejayする時、発音、間、ユーモア、社会性をどう乗せるか。後のDeejay文化へ行く前に、この時代の声を聴いておきたい。

ヒップホップと同じ場所で育った

Bubblin' Dubや初期クラブ周辺では、レゲエだけが独立していたわけではない。ダブ、ラップ、ファッション、アートが同じ夜に混ざり、日本語で黒い音楽を鳴らすための耳が作られた。

日本の現場では

東京のクラブ/ライブハウス、輸入盤文化、バンドの演奏力、海外録音の経験が重なる。ローカル化の最初の形。

ジャケット / 映像 / 服

古いフライヤー、レコードジャケット、バンド写真、手作りの告知。派手な色より、紙と印刷の手触りが残る。

関連キーワード

音源・人物・現場

Archive

要点

古い年代を軽く流さない。輸入盤、初期クラブ、バンド、ダブ、言葉の試行錯誤から、日本で鳴る前夜が聴こえる。

輸入盤から現場へ

情報が少ない時代ほど、レコードを買う、クラブで聴く、ライブで鳴らすことの重みが大きい。今の検索感覚では見えない手間が、耳の深さになった。

日本語でDeejayする難しさ

英語やパトワをなぞるだけでは成立しない。日本語の母音、語尾、笑い、社会性をリディムに乗せるための工夫が、Rankin TaxiNahkiの重要さにつながる。

Bubblin' Dubを入口にする

Bubblin' Dubは、ヒップホップ史にもレゲエ史にも出てくる場所。Rankin Taxiのマイク、ダブの低音、東京の服とクラブの混ざり方が、同じ現場に残る。

ダブは裏方ではない

MUTE BEAT周辺を聴くと、ダブはただの音響処理ではなく、バンドのグルーヴと編集感覚を変える方法だったことがわかる。

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アーティスト

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