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PickPlayer’s Delight
日本語ラップ初期から名前が残るMC。MICROPHONE PAGER周辺、ソロ作、客演まで線が長い。
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Discography
Local
三重から名古屋へ移った経験と言葉の感覚が、日本語ラップ初期のフローに残る。
Worldview
三重から名古屋へ移った小3の頃、頭の中で伊勢弁を名古屋弁に『フォント変換』していた感覚がラップの原点だと語る。MICROPHONE PAGERの『開放区』から30年、日本語のフロウの発明者の一人であり続けている。
Episode
1971年、三重県生まれ。小学3年の頃、三重の田舎から名古屋の都会へ転居し、伊勢弁が失われる経験をした。頭の中で伊勢弁を名古屋弁の言葉に「フォント変換」していたという感覚が、言葉の音で伝えるラップの原点の一つになったと語っている。
prks9.comMUROらと共に1992年にMICROPHONE PAGERを結成。1993年の楽曲『開放区』は商業的なラップや低レベルなシーンを批評し、今なお語り継がれる不朽の名曲となった。自伝『十六小節』では、幼少期からニューヨーク生活、MICROPHONE PAGERでの活動を経て現在に至る半生を綴っている。
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